■ インドの有名人
ここでは、日本でそれほど名前を知られていないインドの有名人をご紹介します。
- ●ラクシュミー・ミッタル(実業家、1950-)
- インドの鉄鋼王。オランダに本社をおくミッタル・スチールのCEOで、インド随一の資産家。米フォーブス誌の2007年版世界長者番付では、インド人としては最高位の5位にランクインした。ラージャスターン州出身で、現在はロンドンで暮らしている。
- ●ラーマヌジャン(数学者、1887-1920)
- インドの魔術師の異名をとった鋭い直感力をもつ天才数学者。7歳で高等学校に入学し、1912年頃から数学論文を発表するようになった。その才能がケンブリッジ大学の数学教授に認められ奨学生となるも、病気のため32歳で早世。彼の業績を讃え、2005年に若手数学者に贈られるラーマヌジャン賞が創設されている。
- ●アマルティア・セン(経済学者、1933-)
- 西ベンガル州シャンティニケタン出身の経済学者。1959年に英ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの博士号を取得。1997〜2004年まで同校の学寮長を務めた。1998年に厚生経済学への貢献を讃えられ、ノーベル経済学賞を受賞。アジアで初の受賞者となる。貧困と飢餓をテーマに据えた彼の研究は、1943年に自らが体験したベンガル大飢饉の影響を受けているといわれる。
- ●チャンドラシェーカラ・ラーマン(物理学者、1888-1970)
- 1930年のインド人初のノーベル物理学賞受賞者。光の散乱に関するラーマン効果の発見者としてその名を残す。南インドのタミル・ナードゥ州生まれ。インド財務省に勤めるかたわら振動や音に関する研究をつづけ、1917年からはカルカッタ大学の物理学講座を担当した。甥のスブラマニアン・チャンドラセカールも1983年にノーベル物理学賞を受賞している。
- ●ラーマクリシュナ(宗教家、1836-86)
- 「史上まれにみる神秘家」といわれる宗教家。本名はゴダドル・チョットパッダエ。ベンガルのバラモン僧の家系に生まれ、幼少時からの神秘的体験をきっかけに、激しい修行に身を置く前半生を過ごし、独自の宗教観を確立。近代ヒンドゥー普遍主義の礎となった。『大聖ラーマクリシュナ不滅の言葉』などの語録がある。
- ●ラジニーシ<オショー>(宗教家、1931-90)
- インド中央部マディヤ・プラデーシュ州のジャイナ教徒の家庭に生まれ、21歳のときの神秘的体験により光明を得、後にインド社会の通念に反逆する過激な遊説家として有名になる。彼がプネーに開設したアーシュラム(瞑想センター)は「性の解放区」として世界的に知られるようになり、81年にはアメリカのオレゴン州に渡り、同地に宗教コミューンを創設している。晩年にはオショー(和尚)と称した。
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■ インド神話の神々を知ろう
バラモン教に起源をもつヒンドゥー教は多神教の宗教であり、多くの神々が信仰の対象となっています。インド全域にわたって崇拝されている神として、ヴィシュヌとシヴァがあげられますが、女神や動物神、あるいは聖山や聖河などへの聖地崇拝も各地で盛んです。
インド神話の神々には、仏教に取り入れられ中央アジアから中国を経て日本にも伝わり、信仰の対象となったものが多数あるので、それぞれ漢訳された名前も示しました。
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■ インド神話の神々を知ろう/1. 男性神
- ●ヴィシュヌ
- クリシュナ(前7世紀以前に実在したと伝えられる英雄)など十種の化身を現し、人類を救済する慈愛に満ちた太陽神。叙事詩『ラーマーヤナ』の主人公ラーマや、仏教の開祖ブッダもヴィシュヌの化身とされる。妃は女神ラクシュミー。神鳥ガルダに乗る。
- ●シヴァ
- ヴェーダの暴風神ルドラに起源をもつヒンドゥー教シヴァ派の主神。恐ろしい破壊者と恩恵を与える神という二面性をもつ。女神パールヴァティを妃とし、ガネーシャとスカンダ(韋駄天)のふたりの息子がいる。牡牛ナンディンは彼の乗り物。
- ●ブラフマー(梵天)
- 宇宙の根本原理を示すブラフマンを神格化したもの。世界の創造主として神々に君臨していたが、時代とともにその役割はヴィシュヌ、シヴァへと移っていった。
- ●インドラ(帝釈天)
- ギリシア神話のゼウスや北欧神話のトールに比較される雷神。ヴェーダにおいては最高神の位置にあり、工巧神トヴァシュトリの手による武器ヴァジュラ(金剛杵)で悪竜ヴリトラを退治する。東西南北の四方を守る方位神のひとりとなっている。
- ●ガネーシャ(聖天、歓喜天)
- シヴァとパールヴァティの息子で人間の体に象の頭部をもつ神。あらゆる障害を取り除く力を備えるとされる。6世紀前後の後代に生じた新しい神で、古代動物崇拝の名残と考えられている。乗り物はなんとネズミ。
- ●スカンダ(韋駄天)
- 6つの顔をもつ軍神。彼の乗り物であるクジャクはインドの国鳥である。一般的にはシヴァとパールヴァティの息子されるが、叙事詩『マハーバーラタ』ではアグニ(火天)とスヴァーハー(薩婆訶;ソワカ)の息子とされ、病魔を生む疫病神として描かれる。
- ●クベーラ(毘沙門天)、ヴァルナ、ヤマ(閻魔)
- インドラとともに東西南北四方を守る方位神。
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■ インド神話の神々を知ろう/2. 女性神
- ●サラスヴァティー(弁財天)
- ブラフマーの妃で、学問と音楽の神として崇拝される。
- ●ラクシュミー(吉祥天)
- ヴィシュヌ神の妃。富と幸運をもたらす美の女神とされ、秋のディーワーリー祭ではラクシュミーを迎え入れるための灯明を各家庭で点す。
- ●パールヴァティ
- シヴァ神の妃。女神崇拝の盛んなヒンドゥーを代表する女神。
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■ インド神話の神々を知ろう/3. 動物神
- ●ハヌマット
- 猿の姿をした神。叙事詩『ラーマーヤナ』において主人公ラーマ王子を助けて活躍する。怪力の持ち主で、『西遊記』の孫悟空のモデルとする説もある。インドでは曲芸師やレスラーの守護神ともなっている。
- ●ナーガ
- 蛇の姿をした神。ナーガという場合とくにコブラを指す。ヒンドゥー教の文献では、ナーガ一族は地底界に住むとされる。しばしば人間の姿で文学作品に登場し、非常に美しい娘として描かれることが多い。
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■ 日本とインドのつながりは?
かつては「天竺」と称され、仏教の発祥地として日本人のあこがれの地であったインド。仏教(大乗仏教)は、日本最古の正史である日本書紀の記述から、中央アジア〜中国を経て6世紀ころに日本に伝わったと考えられています。以後も仏教文化を通じた日印交流がつづきますが、12世紀以降、インド国内では仏教が衰退したため、それまでの関係は途絶えることとなりました。
近代の日印交流史上の人物としては、アメリカの日本美術史研究家アーネスト・フェノロサとともにその名を知られる美術指導者の岡倉天心があげられます。インド美術とその精神世界に惹かれ、タゴール一族などベンガル地方の知識人と交流を深めた天心は、1903年に有名な「アジアはひとつなり」で始まる『東洋の理想』を著しました。彼の弟子で日本画家の横山大観や菱田春草らもインドを訪れ、影響を受けています。
天心の後、日印間では、被支配地域アジアという観点から思想交流が盛んになっていきます。戦前から戦後にかけての日本を代表する思想家・大川周明は、大学生時代はインド哲学を専攻したインド通で、当時盛んだったインドの反英独立運動を支援。著書『米英東亜侵略史』(1942)のなかでイギリスによるインド支配について分析を行い、この本はベストセラーとなりました。彼が支援したのは、テロなどの暴力も交えた過激な独立運動を展開したビハリ・ボースやチャンドラ・ボースらの指導者でしたが、これもまた日印交流史における重要な歴史のひとつといえます。
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■ インドのメディアについて教えて!
インドメディアの特徴は、政府系の広告などを通じ、国家のメディア干渉がある程度残っていることです。政府は情報・放送省内に報道局(PIB)をもち、宗教・言語など国家の内政に関わる報道を規制しています。近年進むインターネットの普及がインドメディアにどのような変化をもたらすか、今後が注目されます。
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■ インドのメディアについて教えて!/1. テレビ
インドの国営放送局ドゥールダルシャンが放送を開始したのは1959年のこと。当時の番組は政府のプロパガンダの道具で、娯楽とは縁遠いものでした。主たる目的のひとつは、ヒンディー語の普及を促すためだったといわれます。1970年代から地方の大都市中心に地方局が設立されて放送エリアがひろがりますが、本格的に娯楽、情報メディアとしてテレビが認識されるようになったのは、衛星放送の開始以降のことです。近年は消費の拡大とともに各家庭へのテレビ普及率が急速に高まっています。
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■ インドのメディアについて教えて!/2. 新聞・雑誌
多言語が混在するインドでは、小部数の地方紙も含め、各地域の言語に応じた多種の新聞が発行されています。主要紙としては『タイムズ・オブ・インディア』(英語)、『マラヤラ・マノーラマー』(マラーヤラム語)、『ダイニク・ジャーガラン』(ヒンディー語)、『グジャラート・サマチャール』(グジャラート語)などが地域版を数多く発行しているため部数が多くなっています。一都市単独で発行部数が多い新聞には『アーナンダバザール・パトリカー』(コルカタ、ベンガル語)、『ヒンドゥスターン・タイムズ』(デリー、英語)などがあります。
雑誌は新聞よりもさらに多彩な種類、系統のものが出版されており、使用言語の幅も日刊紙より広くなっています。おもな種別としては、新聞社系のニュース雑誌、婦人向け雑誌、映画・娯楽雑誌、コンピュータ・IT関連雑誌などです。
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■ インドのメディアについて教えて!/3. インターネット
IT大国といわれるようになったインドですが、21世紀を迎える頃になっても、インフラ整備の遅れからインターネット利用者の増加は伸び悩んでいました。ここ数年でかなり改善されたとはいえ、いまも家庭へのPCの普及率は1%に満たない状況であり、電話回線の普及率が低いため、ブロードバンドへの対応も遅れています。
しかし、放送・出版メディアと違い政府の規制を受けないインターネットの登場は、インドのメディア状況に大きな変化をもたらしました。ブログやSNSは個人の情報発信手段として、インドでも人気を集めています。
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■ インドの教育制度
インドの教育システムは、8年間の初等教育(義務教育)と4年間の中等教育、3〜4年間の高等教育が基本となっています。しかしそのうちわけは州によってさまざまです。英領インド時代の名残で、インターナショナルスクールやイギリス式の全寮制学校など、独自の教育システムをもつものもあります。またインドは日本に劣らない学歴社会であり、10年生と12年生のときに全国共通試験が行われ、その結果如何で進学先が決まります。
インドは伝統的に技術・理工系の学問が重視される国で、インドを代表する技術者、研究者を輩出しているインド工科大学(IIT)の卒業生は、いまや世界中に活躍の場をひろげています。こうした背景には、数学的な思考を得意とする民族性も影響していると考えられています。
その一方で、インド全土における識字率の低さが指摘されることもあります。2000年の調査によると、男性68.4%女性45.4%で、全体的に改善される傾向にはあるものの、先進各国と比較するとまだまだ低いレベルにとどまっているといわざるを得ません。
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