インド検定 Indo Exam

あなたのインド知識はどのくらい?

■ インドの財閥・商集団

インド経済の特徴のひとつに、出身地域や民族によって区分けされたビジネスコミュニティの存在があげられます。インドにはターターとビルラーという2大財閥を筆頭に多数の財閥があり、全インドへビジネス圏をひろげていますが、これらはいずれも地縁や血縁で固く結びついた特定の社会集団を母体としています。その代表格がインド北西部ラージャスターン州中西部のマールワール地方出身者のコミュニティです。彼らはマールワーリーと呼ばれ、ビルラー財閥をはじめ、インドの大財閥の多くは彼らに属します。その他の有力ビジネスコミュニティとしては、グジャーラーティー・バニヤー、パールシー(ゾロアスター教徒)、アガルワーラーなどがあげられます。

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■ 在外インド人とNRI

インドの経済発展にともなって国外で働くインド人の数が増加しています。かつて日本では、インドや南アジア系の移民を中国の華僑にならって印僑と呼びましたが、在外インド人という語はもっと幅広く、海外赴任などの一時滞在者や国外への出稼ぎ労働者なども含みます。インド政府は彼らの経済力に着目し、NRI (Non-Resident Indians=非居住インド人)と呼ぶ法的な枠組みをつくって金利などの優遇制度を定め、国内への投資を呼びかけています。

在外インド人がもつインド経済への影響力は大きく、1991年におきたインド通貨危機の一因には、湾岸戦争の勃発による中東地域への出稼ぎ労働者からの送金急減があったといわれます。

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■ インドの自動車産業

インドの自動車産業の歴史は古く、1930年代初頭にはすでに海外メーカーの進出がみられましたが、独立後の国産化戦略により外資は排除され、1980年代まではヒンドゥスターン・モーターズ社の「アンバサダー」が唯一の国産乗用車でした。その後、規制緩和などの自由化政策を受け、日本のスズキ自動車がいち早く参入して合弁企業を設立。83年に発売した小型車「マルティ」が人気を博し、現在は12社がしのぎを削るインド自動車業界における最大のメーカーとなっています。インド国内工場の生産効率や品質はすでに日本とかわらない水準に達しているといわれ、インドが世界の自動車生産の一大拠点となる日もそう遠くはないかもしれません。

インド庶民のあいだでは、四輪車より安価な二輪車の人気は非常に高く、インド自動車工業会によると2006年度の国内販売台数は785万台以上。同年の日本のデータは70万台(日本自動車工業会の発表)ほどなので、ざっと11倍です。二輪車業界のリーディング・カンパニーは、日本のホンダとインドの現地パートナーとの合弁会社ヒーロー・ホンダ・モーターズです。

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■ 産業構造でみるインド経済

ここ数年、インド経済の牽引役となっているのは工業とサービス業。工業部門ではとくに製造業が好調です。おもな分野としては、綿花やジュートなどの豊富な国内原料生産をもつ繊維産業や、ダイヤモンド中心の宝石加工業など伝統的な産業のほか、自動車や電気製品など、国内に大きな潜在需要をもつ製造業が成長しています。産業構造の構成比でみると、インドではIT産業の台頭を反映してサービス業の占める割合が急伸しているのも特徴です。

一方、就業者人口の面では現在も人口の半数近くを占める農業は、経済発展から取り残されたかたちとなっており、農村と都市の経済格差の拡大が懸念されています。 又、資本財部分分野いわゆるインフラ整備が経済発展と共に大きく伸びており、それと共に金融関連も順調に伸びています。昨今、外国機関投資家によるインド株ブームもあり、株式市場も非常に盛況です。

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■ BRICsとは

近年の経済発展が著しいブラジル(Brazil)、ロシア(Russia)、インド(India)、中国(China)の頭文字を合わせた4カ国の総称がBRICsです。アメリカの証券会社ゴールドマン・サックスに勤務する20代の女性社員が書いた投資家向けのレポートで初めて用いられ、広く定着したといわれています。いずれの国家も広大な国土と人的資源および国内市場(巨大な人口)をもち、おもに対外開放政策による経済改革が進行しているという点が共通しています。今後の世界経済の牽引役として各国の熱い視線が注がれている国々です。

インドはBRICsのなかでも安定した経済成長をつづけており、人口構成が若く潜在成長力が高いことなどから、今後も高水準の成長が見込まれています。2028年には日本のGDP(国民総生産)を抜き、アメリカ、中国につぐ世界第3位の経済大国になるという予想もあります。ちなみに、2005年のインドのGDPはおよそ7800億ドルで世界第12位、成長率は8.5%でした(IMF調べ)。

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■ 拡大する巨大国内市場

インドにおいて、経済改革の効果が現れ始めた1980年代半ば前後に勃興してきた中所得者層は「新中間層」とも呼ばれ、ビジネスのターゲットとなり得る消費志向の高い人々と考えられています。一説によると、10億を超えるインドの人口のうち、低所得者層以下が7割、新中間層を加えた中所得者層以上が3割いるといわれます。この説によれば、すでにインドには日本の人口をはるかに上回る巨大な市場が存在し、さらに経済成長とともにその規模は年々拡大していくことになります。

インドの1人あたりの平均購買力はすでに高い水準にあるとの調査結果もあり、世界に開かれた巨大市場としてのインドの存在感はますます高まっています。

又、インドGDPの成長率は2009年〜2012年で平均7.5%(※データストリーム)と予測されていますが、中国などに比べて輸出に依存しておらず、その面では世界経済の影響を受けづらく安定した成長が続く可能性が高いといえるかもしれません。

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■ 独立後インドの経済史

独立後のインドは自国の産業と企業の育成に力を注ぎ、「輸入代替工業化戦略」と「産業ライセンス制度」を導入しました。1970年代にかけてつづけられた一連の閉鎖的な混合経済政策によって外資の参入は著しく制限され、ライセンスを受けた民間企業は独占的に製品を製造できたため市場に競争原理が働かず、品質や価格、消費者の選択の幅といった面でNIESなど他のアジアの国々にみられた成長の波からは取り残されていましました。

70年代後半、「緑の革命」の成果があらわれはじめると、それまでの過度の統制によって経済停滞が引き起こされていたとの認識が広がり、経済自由化への機運が高まります。80年代に入ると、部分的ながら産業分野でも規制緩和措置がとられ、第6次(80〜84年度)と第7次(85〜89年度)の5カ年計画期には、ともに5%台の平均成長率を達成。インドは成長の波に乗ったかにみえました。

ところが90年に湾岸戦争が勃発し、その余波を受けてインドは通貨危機に見舞われます。これをきっかけとして、さらなる規制緩和と対外開放を軸とした経済安定化政策が実施されるに至りました。1991年に首相に就任したナラシマ・ラオ政権下でとられたこれらの政策は「新経済政策(NEP)」と呼ばれ、その後の政権にも引き継がれています。

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